今週、坂の上に訪ねて来て下さったのは、村上三島記念館の前学芸員で、村上家の菩提寺でもある極楽寺のご住職・岡崎俊文さん。「現代書道の巨匠」と称される村上三島氏。その雅号は、生まれ故郷の大三島(・・)と、そこから移り住んだ大阪府三島(・・)郡吹田町にちなんだもの。じつは工業学校で学んでいた三島さんは、授業中の足の怪我で長い入院生活を強いられます。その時に見舞いに訪れた先生からかけられた言葉がきっかけで、書の世界へ。そこから巨匠と呼ばれるまでの道のりには、大変な努力がありました。


 

佐伯)書を通して様々活躍されるって言うことは、やっぱり元々その才能、素質があったっていうことなんでしょうね。

岡崎)そう、ですね。

佐伯)それを見抜いて国語の先生が、三島さんが怪我をした時に書を勧めたということですか?

岡崎)国語の先生が言われたのは決して字が上手だとかいうことではなくて、「変わった字を書くから」というようなことで何か言われたという風に言われたんですけども。

佐伯)じゃ、持って生まれた才能のみで活躍し続けたというわけでもなく?

岡崎)まあ若い頃、楷書、隷書ばっかり書くというようなことで、書くことに関しては誰よりもたくさん練習されてたというか書かれてたんですけども。その一つのエピソードとしては一つ作品があるんですけども、その作品に書かれてる言葉が「若い頃、『そんなに紙を粗末にしていると冥加に尽きるぞ』と、よく父に言われたものだ」という作品が残っております。

佐伯)とても読みやすい書体で書かれていますが、これ「冥加に尽きる」って、冥土の土産の冥に加えると書きますが、どういう意味なんでしょうか?

岡崎)簡単に言うと神仏の加護から見放されるというような意味なんですけども。

佐伯)え、そんな神様や仏様も見放すくらい紙をいっぱい使ってたってことですか?

岡崎)そういうことになりますね(笑)

佐伯)そうなんですか(笑)

岡崎)昔よく「冥加に尽きるぞ」というのは言われてた言葉で、最近はもうほとんど言う方はおられないですけど、お父さんが「そんなことしてたら冥加に尽きるぞ」というのは度々言われてたそうなんですけども、本当に何千枚も書かれてた。その中でちょっとでも余白があったら、お父さんがその余白の部分を切って束ねてメモ用紙に使ってたというような、そんな話も残ってますけど。もう一つ三島先生の言葉に、「半紙20万枚書いたら書がわかるようになるだろう」みたいなことをよく言われてたんですけども。

佐伯)え?20…万…枚ですか???

岡崎)そうですね。

佐伯)ちょっと桁が!ねえ、桁外れというか、凄いですね、桁違い!

岡崎)でも実際に、各書体に精通するには20万枚というようなことも言われたりしてたんですけど、実際それだけ書かれてたみたいなんですけども。

佐伯)はい!

岡崎)よくもう一つ言われた言葉に「文字を書く職人になれ」という言葉を言われてます。一人前と言われるには同じ事を何年も繰り返す。繰り返すことによって技術を身につけて、それを高めることによってより早く確実に、そしてより美しく出来るようになる」というふうなことを言われておったんですけども。

佐伯)面白いですね、「芸術家」というよりも「職人」っていう言葉を使われているのがね。そして生み出されたのが「調和体」という書体ということなんですけれども、提唱されたのが。これが本当に三島さんの集大成のような書体だったということですか?

岡崎)書体というか、これからの書道界の一つの行く末ということを思われての提唱だったと思うんですけども。

佐伯)「読める」書。

岡崎)そうですね。それまでご自身が書いてるものというのが草書体が多かったんで、「読めない」ことが多いわけですね。読めないものばっかり見てたら面白くないだろうということで、「やっぱり読むことによって面白みも出てくるから」みたいなことも言われてましたし。それで「調和体」というふうに言われた中で、ご自身の言葉も書いてみたりとかいうこともあるんですけども、特にそのきっかけとなったのは大阪の川端康成の文学館があるんですけども、そこで「川端文学を書く村上三島展」という展示会が企画されて、村上三島先生が川端康成の小説の中から言葉を選んで作品を揮毫されたというような展示会があったんです。

佐伯)これは面白そうですね。

岡崎)この作品というのが本当に読めるし、やっぱり小説を読まれた方は印象深い言葉だったりしますから、すごく親しみがある感じの展覧会だったようです。

佐伯)確かに書展に行って草書体ばっかり並んでいたら、素人の人は行っても何書いてるのかよくわからず、どこを見ていいのかって戸惑う方もいらっしゃるかもしれませんが、この三島さんの調和体の書っていうのは読めますから、意味も含めて感じることができる。という意味では、書を身近なものにしてくださったとも言えますね。

岡崎)そうですね。やはりそういうのが意図された提唱だったと思います。もうひとつ「歎異抄」という書物があるんですけど、親鸞の言葉を弟子の唯円というか方が編纂された書物なんですけども、この歎異抄という書物全文を縦34 センチ の巻子と言われる巻物ですけども、巻物に全文書かれてます。

佐伯)全文!

岡崎)漢字かな交じり、調和体なんですけども、この作品もすごい見応えがある作品なんですけども。その「歎異抄」の中から言葉を選んで、やはり同じように作品に仕上げられている作品があります。

佐伯)そういった書を通して、多くの方に書に親しんで頂けるようになったということなんですね。

岡崎)そうですね。

   


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Selected By Haruhiko Ohno


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