暑い、そして熱い夏。
高校野球の県大会が終わりまして、
皆様、ご存知のように済美高校が 春夏連続出場。
甲子園に「忘れ物を取りに行く」闘いをしに行きます。
さて、準決勝と決勝を生中継した南海放送ラジオですが、
僕にとっては生レポートは初。(矢田部ANが済美側、白石が今西側)
放送の中でも出てきましたが、
母校の応援席リポートという
貴重な経験をさせてもらいました。
もちろんボロボロでしたが…
伝え切れなかった応援席のエピソードも多く、
こちらで紹介させていただきます。
<吹奏楽>
「実は、もう準備進めてるんですよ!」
そう笑顔で話してくれたのは部活を引退した3年生の前部長の方。
今治西高では、甲子園の打席に立ったとき、
選手が演奏してほしい曲を、吹奏楽部が聞いて
そのリクエスト曲を試合で演奏します。
(県大会はプレイ中の演奏ができないので甲子園だけです。)
吹奏楽部は8月1日にいわゆる公式戦を控え、
応援・甲子園準備・大会用の曲をバランスよく練習(他の学校も同じ条件ですが)
野球の試合のある日は試合の前後に少しでも練習をします。
そこまでがんばる原動力はなにか。
学校行事だからだけではありません。
それはお互いに感謝の気持ちを持っているからと語ってくれました。
「野球部と吹奏楽のお互いの信頼・感謝の気持ちは歴代No.1かもしれません!」
逆転を信じ、最後の最後まで笑顔で応援を送りました。
2006年から毎年春・夏どちらかの甲子園に出場している今治西。
共に闘い、共に歩んできた両部活。
「壮行会でも、野球部は(私たちを含め)支えてくれる人に
いつもありがとうと言ってくれるし
吹奏楽部の3年が部を卒業する定期演奏会(6月)で花束をくれたんです。
うれしかった。
だから、部活を引退しても希望を出して、野球応援し続けています。」
部を卒業しつつも志願して、演奏に加わった10人。
さらに、決勝で演奏するために京都からきたという、
今年、高校を卒業した大学生も。
「昨日新幹線で来て、今日、帰りますよ(笑)」
片道4時間、 新幹線は大学生とっては高価な移動手段だと
僕は学生時代思ってました。
お金と時間をかけても駆けつけてくれるのは、
野球部の日ごろの行いがしっかりしているからでしょう。
他の学校もそうですが、
全力プレーで恩返しする選手と それを支える人の信頼あってこその応援ですね。
<保護者会>
選手を一番近くで見守ってきた保護者会。
大会前 2~3週間かけて千羽鶴を作りました。
その千羽鶴にソフトボール大のボールの飾りをつけました。
白球には「挽回」と書かれています。
去年のチームのこととはいえ昨夏、22の三振を奪われ、
新チームになって秋には初戦敗退。
言葉にならない悔しさを胸に、
檜垣主将が「挽回」の夏にすると誓いました。
保護者も子どもたちと同じ想い。
「挽回」と書かれた千羽鶴を渡しました。
自身も今西野球部OBで、
保護者会の代表を務める横手君のお父さん。
「できんことはできんですから。
子どもたちには、やれることをしっかりやってほしい。」
準決勝の際、語ってくださいました。
翌日、
三連覇そして、8年連続甲子園をかけた決勝戦
試合の展開は接戦。
緊張感のある面持ちで息子たちを見守ります。
「(安樂君は)大量に点が取れる投手ではない。
ひとつひとつ。 しぶとく守って、しぶとく攻撃してほしい」
選手たちは1点を、1球を必死に追いかけましたが
願い届かず、敗退。
「彼らは最後まであきらめなかった。結果はともかく、
最後まであきらめない姿勢を教えて貰いました。」
「(息子は)最高の仲間と出会い、プレーができた。」
もう少し息子たちの野球を見たかったともおっしゃいましたが
息子たちの成長を実感した横顔は、うれしそうにも見えました。
まだまだご紹介しきれないエピソードはあります。
チアリーダーが一夜漬けで作った花飾りだとか、
以前勤務していた先生や 卒業した去年の野球部が訪れた応援席などなど
今回は担当した今治西のエピソードでしたが
各校にそれぞれドラマがあって、
夏の高校野球はみんなの思い出が集まる場所なんだと感じています。
また来年、もう少し成長してリポートしたいと思います。
長文かつ、つたない文章を最後まで読んでいただき
ありがとうございました。
ちなみに…
決勝のあと 両校の野球部員が観客席のゴミ拾いをしていました。
夏の舞台へ感謝の気持ち。
ご紹介までに。