今週、坂の上に訪ねてきてくださったのは、新居浜市にある市民団体「自彊舎益友会」の谷口淑子さんと入江義博さん。「自彊舎益友会」とは、明治後期から昭和初期にかけて活躍した、住友別子鉱山常務取締役で別子銅山の最高責任者を務めた鷲尾勘解治(わしおかげじ)を顕彰する団体で、現在の会員数は50名ほど。「別子三翁」と呼ばれる3人の一人で、別子銅山の近代化に多大な功績を残した人物を後世に伝え継ごうと熱心に活動を続けておられます。今回は「自彊不息を生きた男・鷲尾勘解治」をテーマに、「エリートキャリアは鉱山労働者からスタート」「別子銅山閉山の危機と勘解治のまちづくり」「新居浜太鼓祭りと勘解治」というキーワードで、今も地元・新居浜で敬愛される鷲尾勘解治の人物像に迫ります。
※番組のトーク部分を、ラジコなどのポッドキャストでお楽しみいただけるようになりました!ぜひお聞きください。
佐伯)では、二つ目のキーワード「別子銅山閉山の危機と勘解治のまちづくり」ということですけれども、こちらはどういう意味ですか?
谷口)鷲尾勘解治が別子銅山のトップに立ったのは昭和2年です。そのときに鷲尾が最初にしたことは、鉱量調査です。一般の人は、別子銅山はずっと江戸時代から掘り続けられてるのでまだまだ未来永劫まで銅鉱石が掘れると思ってたんですか。鷲尾さんは「鉱山には必ず終わりがある」っていうことで鉱量調査をし、あと17年、長く持って20年しかないだろうっていうことを発表します。
佐伯)自分が最高責任者のときに?
谷口)そうです。
佐伯)なんとなくそういう発表をしてしまうと会社の経営にも不利というか不利益があるんじゃないかななんて思ってしまいますが、どうだったんでしょうか?
谷口)はい。普通、会社は石炭とか銅鉱石が掘れなくなると、その場を引き揚げるのが普通ですけども、鷲尾さんはこれまで別子銅山でずっと働いてきた地域の人、新居浜の人々の生活、後の生活をちゃんと続けられるようにっていうことで、鉱山がなくなった後も新居浜の町が栄えていけるように、人々がそのままそこで住まいができるような方策を考えます。
佐伯)そのために、もうあと20年ぐらいですよっていう…言ったら閉山した後の準備期間として皆が対応できるように発表したっていうことですか。
谷口)そうです。
佐伯)すごく先を見越した判断ですね。
谷口)そうですね。鉱山がなくなった後も新居浜が栄えていくように。新居浜の町は島国ですから新たな産業は起こすことは無理です。ちょうど別子銅山の昭和の初め頃、銅の精錬のときに出てくる亜硫酸ガスから肥料工場が起こってるし、銅鉱石を掘る機械をつくる機械工業も芽生えてましたので、その化学、機械工業、それをしっかりした工場に育てていく、そんなまち作りをしていきます。
佐伯)あの、一企業の責任者ですよね?
谷口)そうです。全く一企業の責任者ですけども、この計画は本社でも一応はOKが出てたんですけども、昭和の初めっていうのは世界大恐慌のときで、時期的にも大変な時期ですから、本社の人たちも当然ですよね、新居浜だけにたくさんのお金を使ういうことは、そこは市や町とかが行政の方を担当すればいいんで、一企業はそこまでする必要はないだろうっていうことで反対する人もいました。
佐伯)まあ、そうでしょうね。でもそうした中、例えば具体的にはどういったことを提案されていったんですか。
谷口)まずは大きな船が入ってこられるような築港ですね。
佐伯)港。
谷口)それまでは小さな船がはしけのようなもので行き来するような港だったんですけど、1万t級の船も着くような立派な港を作り、その土でずっと海岸線を埋め立てて、化学工場、機械工場を作っていく。そして住友だけがそう頑張ってもいけないから、今度は市民ですね、市民のことも力を借りる。そして都市の区画整理、特に昭和通り。もう車で大量の物を運ぶっていうのは先を読んでますので、周りが田んぼだったようなところに昭和通りを作ります。
佐伯)これ本当に、さっきおっしゃったような行政がやるようなまちづくりの構想ですよね。それを不景気の最中、世界恐慌の風が吹き荒れた最中、推し進めたんですか。
谷口)そうです。
佐伯)でもやっぱり地域との協力っていうところもないと、いくら住友が力があるとはいえ。そのあたりはどうだったんですか?
谷口)ちょうどそのとき、新居浜町長をしていた白石誉二郎(しらいしたかじろう)が鷲尾さんと全く同じ考えでした。新居浜の発展は、港と水。築港は新居浜の生命線であり、水は新居浜の栄養素であるっていう考えのもとに、鷲尾さんの公営作にぴったり寄り添います。
佐伯)では行政と勘解治と二人三脚というか、で、まち作り、閉山した後を見据えた取り組みを進めていったんですね。一方で住友側はどうだったんでしょうか?
谷口)新居浜だけに、そんなにたくさんのお金を使うわけにはいけないって、鷲尾を新居浜に置いておけないっていうことで、名目は栄転.の形で大阪の住友の本社へと転勤になります。
佐伯)あら、新居浜を離れちゃう。
谷口)はい。その後、町の方では、新居浜町長・白石誉二郎が鷲尾さんの計画を進めていき、鷲尾さんが欠けた後に、また立派な住友から龍野昌之(たつのまさゆき)とか三村起一(みむらきいち)っていう人が新居浜へ来て鷲尾さんの構想を着実に進めていき、今の新居浜の基礎ができました。
[ Playlist ]
Coke Escovedo – I Wouldn’t Change A Thing
Dawn Penn – Here Comes The Sun
Adele – Melt my heart to stone
Madeleine Peyroux – Don’t Wait Too Long
Selected By Haruhiko Ohno




