きのう番組の中で、松山の分水問題にからみ、市民団体が始めた署名の紙(西条の黒瀬ダムから松山市への分水を実現しよう、との署名を求めるもの)が、学校で配布され、議論が起こっている、というニュースを伝えた。

そして今朝、このニュースについて各社の新聞を見ると、「学校が政治的なことにかかわるのはどうか」といった論調が目立っていた。

わたし個人は、“署名を強制”するなら問題かもしれないが、“水問題について考える機会を与える”のはいいことだと思っている。
そもそも、水なんてとても身近なものなのに、「政治にかかわるから、学校ではダメ」なんて言ってたら、教育の場では、“政治問題にかかわらない”社会問題しか扱えないのか?そもそも社会問題って、すべて政治にもつながるのではないか?せっかくの“自分で考える”機会を、子どもたちから奪ってしまうのではないか?
そんな身近な問題さえタブー視するような、まさに消毒された“水”のように、何の味もない学校に、自分の子どもを行かせたくない!と、同僚の記者に疑問をぶつけた。

ある記者は「この件は、やはり政治が絡むと思うので、学校にはふさわしくない」という意見。

ある記者は「署名用紙を学校現場に持ってくるのではなく、水問題というものが松山にあり、署名活動も始まっている、これについてどう思うか」という討論を、子どもたちにさせるのはいいのではないか、という意見。

なるほど。その手もあるな。

「でも、“そんな討論に時間を割くヒマあるなら、受験のための勉強させろ!”と、保護者からクレームがついておしまいだよ、いまの学校現場は」とある記者。

なるほどな。
こうやって議論することが大事なことでもありますが、さて、みなさんはどうでしょ。