あしたはたこ松の運動会。
街ナカにありながらも、たこ松の「年中さん」は、全部で10人弱!というこじんまりした幼稚園です。
それでも歴史が長いので、OBたちがわんさか来てくれて、とーってもいいカンジの運動会ですよ。
晴れたらいいなあ(雨が降ると、月曜日に延期。何が何でもあした晴れてくれっ!!)


清貧と復興 土光敏夫100の言葉 出町譲 文藝春秋 1400円

久々に、泣くほどしびれた内容でした。

東芝や石川島播磨重工業の社長、経団連会長、臨調会長などを歴任した改革の人。
「ミスター合理化」とか「行革の鬼」とか呼ばれたけど、社長になっても、生活費は1ヶ月3万円。質素な自宅から旧国鉄に乗って通勤し、食事は自家菜園で取れた野菜と好物のメザシ。給料はほとんど、母親が創設した学校に寄付したそうです。

「沈まない船はない。つぶれない企業はない。すべては人間次第。一般社員は、これまでより3倍働け、重役は10倍働く、僕はそれ以上に働く」と言った東芝社長時代。「行政改革をやってから”増税”といってくれ。それをやらん限りは増税の声は聞かんことにする」と言った経団連会長時代。
金権にまみれた政治家も、「土光さんの話だから」と聞かざるを得なかった…。

戦後の混乱のなかで、日本を復興した、土光氏の信念に満ちた言葉を紹介しています。

その源流は母親・登美さんにありました。

戦時色が強まっていた1940年代、そうした世相に危機感を持っていた登美さんは、「戦争のような愚に走らない国民を作ることが必要。そのためには、しっかりとした女子を育てなければならない」と、学校建設を始めてしまったのです。
70歳も過ぎてから、後ろ盾もない中、「もし私が亡くなってから香典を下さるつもりならば、生きているうちにください」と、建設費用を集めて回ったそうです。
「どんなに偉い人でも、赤ちゃんのときは母に抱かれて乳を吸って育ちます。そのとき母親はわが子に、豊かでやさしい心が育つように接したら、正しい知恵を働かせる人を世に送ることになるでしょう。だから女子教育をしたいのです」と。

いい国づくりは、しっかりした人材を育てることからー。
あの時代に、これだけスケールの大きい女性の背中を見ていたのですね。

「あした晴れてね♡」というのが、今いちばんの懸案事項というわたしって…。


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