西武・セゾングループの本を読み終えると、アタマの中で、ユーミンの「サーフ天国、スキー天国」がリフレインし始めた。

バブルのあの頃、原田知世ちゃんがスキー場でキュートな笑顔を見せていた。映画「私をスキーに連れてって」の舞台は、志賀高原プリンスホテルだったっけ。

郷ひろみと二谷友里恵が披露宴をしたのは新高輪プリンスホテルだし、クリスマスには「ティファニー」「サバティーニ」「赤プリ」が上層カップルの定番だなんて、アンノン雑誌を賑わしていたなあ。

田舎の女子大生には全く縁のないコトでしたが。

そんなこんなで、バブル舞台の共通項「プリンスホテル」が頭に浮かぶと、学生時代にナナメ読みしたっきりの「ミカドの肖像」を読み返してみたくなった。

ミカドの肖像 猪瀬直樹

とにかく猪瀬氏の圧倒的な取材量・緻密な資料に窒息しそうになった本だったが、堤康次郎がどのように皇族に近づき、その土地を手に入れ不動産王になっていったかというくだりは印象的だった。

しかし当時は、東京など行ったこともない田舎の女子大生だったので、どこが一等地かなんて地理感もなく、「プリンスホテルは、旧皇族の土地を買い叩いて建てたものなのね」、程度だった。

プリンスホテルは言うまでもなく、西武鉄道グループを一代で築いた堤康次郎氏が手に入れた土地に建てられている。そのからくりはこう。

 

戦後、GHQにより十四あった宮家が三宮家に減じられた。減じられた宮家は皇籍離脱となり、一般市民と同じように財産が課税されることになった。歳費もなくなった旧皇族の台所事情を知った康次郎氏は、駆け引きに不慣れな皇族に対し、その自尊心をあやつりながら、現金をほとんど使わないで、都心の一等地をつぎつぎと入手していった。旧皇族の土地に、そのブランドを被せた形で建てたのが、「プリンスホテル」だった―。

 

食料もままならず、人々が命からがら逃げようとしていた東京大空襲のとき、地下室で、電話を何台も並べて受話器を握りしめ、ひたすら土地を買いあさっていたり、

空襲から逃れるために、自宅の広大な敷地内に逃れてきた人を「この屋敷内に皆を入れたら土地を取られてしまう」と追い出したり、

康次郎の土地に対する凄まじい執念が描かれている。

 

この本が最初に出たのは1986年。

当時の西武グループは、グループ企業内で株式を持ち合い、その中核に位置していたのが国土計画(のちコクド)で、グループの3分の2の土地を持っていた。国土計画の株式の40%を、康次郎の三男、オーナーの堤義明氏が握っていた。康次郎が安価で入手した一等地の簿価は異常に低く、そのため持ち株の評価は驚くほど低い。つまり、相続をしても、堤家の財産は目減りしない仕組みを作っていたという。

この章の最後、猪瀬氏は、「堤家の〝土地本位制″経営は、天皇家と同様に、万世一系のなかに受け継がれてゆきそうな気配なのである。」と締めている。

その後西武グループはさらに隆盛を極めたが、2005年、堤義明氏の証券取引法違反での逮捕で終わりを告げる。

 

堤家の手から離れても、都心一等地にあるプリンスホテルは、新しい資本のもと、相変わらず品格ある緑をたたえている。

「土地」は誰のものか、「会社」とははだれのものか。

バブル時代とその後始末を、しみじみ感じさせる本(章)だった。