ジャズテイストからスタートして
HIPHOPのゴッドファーザー「ラッセル・シモンズ」にスポットを当てました
Cha-kaドロップ♪リスト
1.ジャズィ・カンヴァセイション / SOIL &〝PINP”SESSIONS feat.RHYMESTER
2.Life is Beautiful / m-flo loves DOUBLE
【Cha-kaコメント】
生楽器とラップのコラボレーションが最高に心地良い
ジャズテイストの曲を2曲ご紹介しました。
もうすぐ父の日ということで
きょうは HIPHOPのゴッド・ファーザー「ラッセル・シモンズ」にスポットを当てます!
ラッセル・シモンズはアメリカの音楽業界で、
一大勢力となったレコード会社『Def Jam Recordings』の創始者。
1984年に立ち上げたデフ・ジャムでヒップホップの基盤を作り、
スーパースター達を世界に送り出してきました。
きょうはHIPHOPの実業家、ラッセル・シモンズを通して
いつもと違った角度からHIPHOPを覗いていきます。
3.Christmas Rappin’ / Kurtis Blow
【Cha-kaコメント】
以前ラップの第一人者、シュガーヒルギャングを紹介しましたが、
先日、昔ディスコ通いをしていたという50代の男性と話をすると
ラップの第一人者は、カーティス・ブロウでしょ!って言われました。
カーティス・ブロウは初めて、メジャーのレコード会社から出てきた
ヒップホップ・アーティストだそうです。
カーティスがメジャーに行くきっかけとなったのが、この曲で
プロデュースをしたのが、ラッセル・シモンズだったんです。
2人はニューヨークの大学の先輩後輩で
まだ20歳そこそこだった2人が
この一枚のレコードで音楽業界に新しい風を吹き込みました。
4.Walk This Way / Run DMC & Aero Smith
【Cha-kaコメント】
ラッセルの弟が、兄の影響でカーティス・ブロウが大好きになりラップを始めました。
そのうちRunと呼ばれるようになり、
Runが組んだグループが伝説のグループ『Run DMC』です。
5.Fight for Your Right / Beastie Boys
【Cha-kaコメント】
ヒップホップ史上初のナンバー1ヒット
「大騒ぎをする権利の為に戦え!」と歌っていて
当時の若者が抱えていた日々の不平不満をぶちまけています。
もともとパンクバンドだったビーズティーボーイズはラップをする時にだけ
無理にダボダボの服を着て、いかにもラッパーを演じていました。
ラッセルが「自分たちらしく、自然な格好でやりなさい」と言ったのがきっかけで
ビーズティーボーイズは普段通りに穴あきジーンズにTシャツスタイルでラップをしたんです。
このスタイルが受けて、この曲は白人ファンを中心に大ブレイクしました。
同時にストリートの黒人達も穴あきジーンズを履くようになり、大きな影響を与えました。
この出来事を通して、ラッセルは
「彼らに、自分を持って貫くことの大切さを教わった」と言っています。
自分たちの音楽は黒人のものだという先入観を持たず
白人の若者らしい表現をさせて新しいスタイルを確立させたところがすごいと思います。
6.Control Myself / LL Cool J & Jennifer Lopez
【Cha-kaコメント】
ラッセルは1984年にデフジャムレコードを立ち上げました。
その第1号アーティストがLL Cool J。
現在45歳。現役のLL Cool Jから私が1番好きな曲をドロップします。
7.Run this town / Jay-Z Kanye West Rihanna
【Cha-kaコメント】
そしてこの大物たちもみな
デフジャムのアーティスト達です。
8.Not Ready to Make Nice / Dixie Chicks
【Cha-kaコメント】
Dixie Chicks(ディクシー・チックス)は
2003年アメリカのイラク攻撃を巡って波乱を呼んだ白人のカントリーグループです。
イラク攻撃を行った2003年当時のアメリカ、ブッシュ大統領を非難したんです。
それで「裏切り者」とアメリカ中から大バッシングを受けて
ラジオでの曲の放送も禁止され、命まで狙われました。
この曲は、その3年後、一連の騒動に対する
ディクシー・チックスの「後悔はしていないし、黙っているつもりもない」という力強い回答です。
この間、ラッセル・シモンズは、誰にでも自由に発言できる世の中が必要だと
ディクシーチックスを応援して
政治やメディアに対して働きかけつづけていたんです。
ラッセル自身、ずっと動物愛護活動を行っていて
かつて、あるスポンサーの飲食団体を批判して
そのスポンサーが降りてしまったことがあったんですが
周りが「大手企業が逃げていくから黙ってろよ」という中でも
ラッセルは
「言いたいことを押し殺して、もらうような金なんていらない」と一蹴したんです。
いつも自分らしく正直でいることを大切にしてきた
ラッセルらしいエピソードだなと思います。
ちなみに、この曲はその年、音楽業界最高の栄誉とされている
グラミー賞の最優秀レコード賞などを総なめにしています。
9.いつもIT’S MORE / TERIYAKI BOYZ
【Cha-kaコメント】
2000年、デフジャムは日本にも設立されました。
【最後に】
きょうは
この人がいなかったら、今のヒップホップ界のスター達も生まれていませんでした。
HIPHOPのゴッドファーザー「ラッセル・シモンズ」にスポットを当てました。