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東日本大震災の犠牲者を悼(いた)む、鎮魂の絵。
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全国かまぼこ板の絵展覧会、大賞作品です。
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弔いのロウソクが、人々の顔を浮かび上がらせます。
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捨てられるはずだった かまぼこ板に、絵を描く人がいます。
その数、全国で2万人。
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かまぼこ板の描き手 一條さん(福島)
「ツルツルの紙じゃなくて木目がこう、いいんです」
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かまぼこ板の描き手 小川さん(福島)
「熱が伝わるっていうのかな。片手でぐっと持っていて熱が伝わって」
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かまぼこ板の描き手 内藤さん(愛媛)
「ガンになったとき落ち込んで何もできないと思ったんですけど、私もこんな精神状態でも描けるんだ、こんな明るい絵が描けたって思ったら、その絵を見て自分が元気になって」
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福島からは、大漁にわく「おとうの船」。
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岩手からは「豊かな海」。
ところが、3月11日、東北の海が牙をむきました。
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被災者は、言葉にできない思いを、かまぼこ板にぶつけます。
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目の前に迫る大津波。
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この絵を描(か)いた女性は、保育所に孫を迎えに行く途中、津波に遭遇。
捜し歩いた末、孫と再会を果たします。
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紺野さん(岩手)
「普通が本当にいいってことがやっとわかったかなって感じですよね」
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男性が大好きだった福島の海岸は、ガレキで埋まっていました。
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小川さん(福島)
「全然なくなっちゃって・・・」
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男性は、かまぼこ板に向き合いました。
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16年前から、愛媛県で開かれている かまぼこ板の絵展覧会。
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今年も列島各地から2万枚のメッセージが届きました。
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愛媛県西予市城川町。
古くから かまぼこ板の材料となる間伐材を出荷してきました。
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そこに目をつけたのが、ギャラリーしろかわ。
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「かまぼこ板に絵を描いて送ってください」
16年前、そんな呼びかけで始まった展覧会。
その年に寄せられた作品は、すべて展示されます。
これまでの応募総数は、50万点。
小さな山里に、全国から2万人が訪れます。
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このユニークな展覧会の生みの親、館長の浅野幸江(ゆきえ)さんにとって、
今年は、特別な年になりました。
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電話(福島の一條さん)の声
「ただね、うちの周りの方は、作物は大丈夫です。
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浅野
「ああ、そうですか、あの・・・それならいいんですが・・・」
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作品の募集が始まって1ヶ月、大震災が起きました。
浅野さんはすぐに、電話で東北地方の応募者の安否確認を始めました。
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ようやく連絡が取れると、今度は、「絵を描(か)いて元気になってもらいたい」と
かまぼこの板を送りました。
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私たちはその一人、福島県いわき市に住む男性を訪ねました。
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小川さん
「お父さん、来たよ。ここがね、見えちゃってんですよ。
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ここにね、骨壷ですか、見えちゃってね。ごめんね、後でビニール被せに来る、
もうちょっとね、ねぇ、驚いたね。こんなことあったらね」
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小川利雄さんは、3年前、妻のふるさとであるこの町に東京から移り住みました。
夫婦二人の年金暮らしです。
震災の日は、自宅にいました。
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小川さん
「瓦が落ちて、一番怖かったのが窓ガラスがね、赤土に刺さってるんですよね、壊れて。ここなんかも凄いですね」
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小川さんの妻 博子さん
「大っきい地震あった後はね、5分に1ぺんぐらいずつあったでしょ?」
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小川さん「ホントに5分に1回だからもう・・・本当に怖いをもう過ぎちゃって」
妻 博子さん
「車ががたぼこ道走ってるんのと同じだもんね、車に乗ってると」
小川さん「ホントにね、う〜ん」
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毎年、正月に食べたかまぼこの板に絵を描くのを楽しみにしている小川さん。
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大好きな海の絵を描いたのは、震災1ヶ月前のこと。
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青い海に踊る波。
舳先で威勢よく旗をふる息子と、自慢げに魚を背負う おとう。
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かもめが大漁を祝って舞っています。
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自転車で5分のところに、小川さんの義理の母親 マサ子さんが住んでいます。
小川さん
「これも直ってますね。もっと凄かったですけどね。」
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震災の後、1ヵ月半、家族と親戚6人が、このビニールハウスで暮らしました。
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小川さん
「ここでずいぶん生活しましたね、これで煮炊きして。
で、ここで寝たんですよ、ここ、ほら、地割れが起きてる。ここで寝たんですよ。これを敷いて」
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今では、庭に建てたプレハブ住宅に住めるようになりましたが、
放射能や余震で、気の休まることはありません。
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小川さん
「お父さんところ行って来たよ、お父さんところ、お墓」
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最近、お義母さんに元気がないのが気がかりです。
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震災後、小川さんは再び筆をとりました。
描いたのは、変わり果てた海でした。
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原発から立ち上る煙・・・。
重く沈む空・・・。
打ち上げられた船とガレキが、海岸を埋め尽くしています。
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2時46分で止まったままの時計・・・。
男は肩を落とし、変わり果てた海を見つめています。
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震災以来、小川さんは、あれほど通った海に足を向けられないでいます。
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小川さん
「う〜ん。分からない、すいません、ごめんなさい。
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怖かったし、本当にこれからどうなるんだろうっと思っていた時期も長かったですけれども、
今少しずつこう、笑顔が出てきて、
自然の災害というのは、まぁ誰を恨むとか、何を、何に対して叫ぶとかということは、ないというのが、
段々、段々、分かってきたと思うんですね」
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疲れた心を癒してくれた穏やかな海が、あの日、人々の大切なものを奪い去りました。
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「恵みの海」と、「絶望の海」・・・
小川さんは、まだ現実を受け止められないでいました。
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震災直後。
岩手県の小学校から、かまぼこ板の絵が届きます。
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しかし、子供たちとは連絡がとれないまま。
そのかまぼこ板には、子供たちの大好きなものが描かれていました。
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ブランコが好きな莉々花ちゃん。
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翔太くんの夢は、はやぶさの運転手
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聖也くんは、外で遊ぶのが大好きです。
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浅野さん
「電話をね、もう5分おきぐらいに田老小学校の電話もう何度も何度も何度ももうず〜と入れ続けたんです、3日ぐらい。
でも、電話は不通じゃなくて不能ですよね」
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絵を描(か)いたのは、田老第三小学校、3年生の子どもたちでした。
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3月11日、震度5強の揺れが襲います。
応募作品をポストに投函した、2時間後のことでした。
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千葉先生
「ガラスとか、あとは建物自体がミシミシ、ミシミシいうような感じでしたね。
子供たちを頭を下の方にさせて地震が止むのを待ってました。」
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田老地区の一帯を、津波が襲います。
死者・行方不明者は、200人にのぼりました。
(死者134人、行方不明者50人、地区外死亡者16人)
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津波は、水門を破壊し、家々を飲み込みながら、一気に校庭まで押し寄せました。
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校長先生
「もう津波が来るなぁって思ったので、
ただただみんなで走って走って走って高台に上がりました」
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浅野さんが学校と連絡がとれたのは、震災から1ヶ月後。
全員無事でした。
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丹野聖也くんのお母さん
「遠くの方からまっ茶色のが、こう、見えてくるんですよね。
煙みたいに、土煙みたいなのが見えて、音が凄くて。
帰りには国道通って、こう高いんですよ、家があるとこが、
そうするともう下摂待っていう地区が、無くなってんですよね。
もうそれを見てもう、無くなったってずっと言ってましたね」
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「町が無くなった」と何度も叫んだ聖也くん。
親戚や近所の人、20人以上が亡くなりました。
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一緒に暮らすおじいちゃんは無事でしたが、大切な船を失いました。
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丹野聖也くん
「これじゃあ海に出れないって言ってました。海にも行けないし、アワビとかも獲れないので残念です」
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4月、4年生になった聖也くんは、また かまぼこ板に絵を描いて応募しました。
震災の前に、山の生き物を描いた聖也くんが、どうしても描きたかったのは、田老の海でした。
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「早く、きれいな海に戻って、元気なおじいの顔が見たい。」
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2月から募集が始まった、かまぼこ板の絵。
3月11日の震災を境に、全国から被災地を応援する絵が届き始めました。
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そこには、メッセージが添えられています。
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(メッセージ)
悲しい時、疲れた時、空を見上げてみてください。
その時、私達はつながります。
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同じ星を見て、いつも心がつながっています。
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(メッセージ)
祈ってます。
また笑顔で「チーズ」って言える日を。
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「春をとどけ隊」
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全国の桜が東北に駆けつけ、ボランティアの登録をしています。
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・・・みんな笑顔です。
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この絵を描(か)いた、内藤あゆ美さん。
3年前、医師から乳がんと告げられました。
多くの人から励ましてもらった経験から、被災地を応援しようと思い立ちました。
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内藤さん「ガンになってたあの辛い冬を乗り越えて楽しい、
前向きになれる気持ちになった切り替え時が、やっぱ春になったっていう感じで、
何かそれとちょうど重なるものがあるような感じで、もしその自分の絵で応援ができるなら
ホントぜひ応援させてほしいっていう。
ただ自分の絵でみんなが元気になれるか分からなくても、
せめて応援する気持ちだけでも伝えたいなって思う」
みんなで・・・がんばろう
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元気、ファイト、笑顔
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負けるもんか!
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ガレキに・・・
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花を咲かせましょう
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震災からわずか1ヶ月の間に、被災地を応援する1400枚もの絵が集まったのです。
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小川さん
「車の中の生活がね、ちょっと」
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妻 博子さん
「あとそのうち放射能って言い出したから
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ビニールハウスで避難生活を送った
福島の小川さん夫婦。
小川さん「家から出られなかったんだよね、放射能だからね」
妻 博子さん「そうそうそう」
小川さん
「だからたまたまビニールハウスがあったから、
あそこで生活したけれどもないうちはやっぱり家にも入れないし、
入んないと放射能は降っているし、本当に大変だったよね」
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震災から1ヶ月たって、ガレキの海を描いた小川さん。
7月。ずっと足を向けられなかった、いわき市の海岸を訪れました。
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小川さん「うわぁ、むごいねぇ」
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小川さん「これ、全然なくなっちゃった」
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目の前には、受け入れがたい現実が広がっていました。
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小川さん「何であんなデッカい波が来たんだろう?」
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震災から4ヶ月。
この日、小川さんは、久しぶりに かまぼこ板に向き合いました。
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そこには、庭仕事をする笑顔の義母と妻、そして、二人を見守る小川さんがいました。
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小川さん
「ときどきね、顔中ぜんぶ笑っているような顔になりましたし、
昔じゃ想像できなかった、
昔っていうか、あの頃に比べればね。
だから今回の、そういう意味も含めて今回のこういう明るい絵が描けて本当に良かったと思います」
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ガレキの海に立ち尽くした小川さん。
壊れそうな気持ちを支えたのは、「家族の笑顔」でした。
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戦争を経験した義母マサ子さんは、震災の翌日、こう言ったそうです。
自然は恐し、人も悪し、されど、人は強し・・・。
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津波から逃れ助かった、あの田老第三小学校の子どもたち。
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夏休み、ギャラリーしろかわに招待されました。
全国の描き手たちが行った募金活動が、実を結んだのです。
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「田老の海」を描いた聖也くんも、お母さんと一緒にやってきました。
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聖也くん「見つけれるかな?」
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2万枚のかまぼこ板の絵に圧倒される聖也くんたち。
聖也くん「しょうたくん、しょうたくん。何か目がいっぱいある」
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聖也くん「エビ、エビ」
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校長先生「ちょっと自分の、見つけた、作品?」
聖也くん「探してますが無いんです」
校長先生「探してますけど、無い?」
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翔太くん「あっ、ドラえもん」
聖也くん「自分が描いたんじゃないんでしょ?自分が描いたの、探してよ」
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聖也くん「違うでしょ」
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聖也くんのお母さん「聖也の・・・あっ、あったぁ、ホラ」
聖也くん「あっ、あった」
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「また生き物がいっぱいいるきれいな海に戻って欲しい。」
大好きな おじいのことを思って描(か)きました。
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1週間後、聖也くんのお母さんから、手紙が届きました。
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展覧会に招待して頂けると聞いた時、正直、悩みました。
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私の友人や その子どもたちも20人以上いないことがわかりました。
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津波の話がでるだけで何も言えなくなるのです。
本当に悩みました・・・。
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愛媛にいる間は、楽しもうと思っていたけど、今度は皆さんの優しさで泣けてきました。
亡くなった皆の分まで前を向いて頑張れます。
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・・・本当にありがとう。
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縦5センチ、横14センチの小さな板に刻む思い。
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全国から集まった2万枚のかまぼこ板の絵は、
今も、山里の美術館で、新たな絆を紡いでいます。
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皆さん、こんにちは。
今年のかまぼこ板展をテーマにした番組が日曜日に放送されます。
深夜、24時50分からですので、
なかなか見ることの出来ない時間ですが、
お時間の許す方は是非ご覧下さい!
NNNドキュメント
『かまぼこ板の絵2万枚〜刻まれた震災と絆〜』
8月28日 24時50分〜 南海放送
17回目となる西予市・全国「かまぼこ板の絵」展覧会。
今年は、被災地から多くのかまぼこ板の絵が届いた。
福島県いわき市からは、
震災後、煙を吐く原発と瓦礫に埋もれた海岸を描いた絵が。
また津波の被害を受けた岩手県宮古市からは、
親戚や友人20人を失った小学生による、豊かな故郷の海、復興を願う絵が届いた。
また1400枚に及ぶ被災地応援の絵の中には、
乳がんの宣告を受けながら絵を描き続ける人を始め
温かいメッセージが込められている。
大震災シリーズ第13弾の今回は、
南海放送制作で「かまぼこ板の絵」から震災と絆を見つめる。
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