『NO MUSIC、 NO RADIO』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

コーディネーターをされた入江プロデューサーの命名に違いない昨日の民放大会のラジオシンポジウムのタイトル。
素敵でした。

それに、パネリストだったDJ・音楽評論家の伊藤政則さんが同い年だと分かった事。

彼が岩手の田舎で、ラジオとロックに憧れた事を聴いて、愛媛の田舎でそうだった自分と重ね合わせました。

彼は学生時代。新宿・歌舞伎町のロック喫茶でDJをしていたらしいのですが、ならば「ミカド」だったのでしょうか?!

僕はその頃。反対側の新宿・南口の音楽喫茶「御苑」でDJをしていました。

同時代にあの辺りでラジオ好きがウロウロしていた訳ですね。伊藤さん、いいお話でした。

青春の熱量を思い出して、ほろ苦い気分になりました。

今日はこれから、業界人の前でラジオのお話をする役回りです。

スマホが「8」に変わったから、スナフキンからカバーかミニヨンに。

魂はあの頃と同じく、孤独を愛するスナフキンのままですが…