『杉原千畝(ちうね)の恩人』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

戦時中。リトアニアで沢山のユダヤ人にビザを発給し、
6000人の命を救った外交官・杉原千畝を顕彰し名誉回復をしたのは、
当時の外務省政務次官の鈴木宗男さんでした。

杉原がドラマになって有名になっても鈴木宗男さんの功績を誰も知らないし、語りません。
ユダヤ人の恩人は杉原で、杉原千畝の恩人はあなただったのに…。

昨夜。あなたのエネルギッシュな講演をたっぷり聴きました。
ステージ3の胃ガン手術を二度も経験されているとは思えません。

例は悪いのですが、ヒトラーの演説もこうだったんだろうと思います。
聴き手の魂が気持ちよく揺れる。

今日の日ソ首脳会談の見通しもよく分かりました。

あなたの迫力、信念に学びたいと心から思いました。
あなたを見習って、もう少し強くなろうと思います。
帯状疱疹のチクチク痛みなんか、なんのこっちゃありません。

出会いに感謝です。神様ありがとう。

※杉原千畝 1900年(明治33年)1月1日 – 1986年(昭和61年)7月31日
 第二次世界大戦中、日本領事館領事代理として赴任していたリトアニア・カウナス領事館で、
 ナチス・ドイツによって迫害されていた多くのユダヤ人に、外務省からの訓令に反してビザを発給し、
 彼らの亡命を手助けする。
 鈴木宗男氏は杉原氏夫人の著書『六千人の命のビザ』に感激し、杉原千畝の名誉回復に尽力した。

『”永遠”などないのだけれど・・』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

友情も愛情も永遠ではないことを僕たちは薄々知っています。
「私たちの友情は一生だよね」と誓い合った女子中学生が高校受験や大学進学などで離れ離れになってしまうことなど
当たり前です。

でもそれは裏切りとかではなくて、「成長」であったり「人生」の道程なのだと思います。

「あんぱんまん」に熱狂していた二歳児が、三歳になると同時に興味を完全になくすことによく似ています。

でも、人は”永遠”を欲しがります。
が。あの時の情熱も友情も、愛情も・・すべて嘘ではないのです。みんな真実。

FBの四年前の今日の日記に懐かしい写真が保存されていました。

「ヒコヒコタイム生前葬」の時のスタジオショット
(かつての相方・林浩彦さんと番組リスナーとして遊びに来てくれた野志・松山市長)。

当時僕は常務さんで、放送現業の担務から外れることになって、
ならば今のうちに(笑)やりたかったことをしておこうと企画しました。

その後「武左衛門」のラジオドラマ制作までが・・それでした。

実は・・まだやりたいことはあるんだけど・・と思いながら、ほろ苦い思いと幸せな記憶にしばし浸りました。

『雨の火曜日に…』

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By田中和彦

あなたの訃報を愛媛新聞の朝刊で知りました。

あなたの穏やかな口調で語られる取材にもとづいたお話はいつも説得力がありました。

あなたの書かれた・・・
『南海僻偶(なんかいへきぐう)の痴蛙(ちあ)なれど』を初めて読んだとき。
これは僕が創らなければいけない物語だと思いました。

浦和盛三郎という明治人がいたという事実。
南予人のプライドと世界を見据えていた偉人が由良半島にいたという事。
「私は、南の果てに住む井の中の蛙のような馬鹿だが、そんな私にも民主主義のなんたるかはわかる・・」という
第一回愛媛県議会の浦和の名演説。
それを聞いて感動した正岡子規と柳原極堂少年。

それを全部、教えてくれたのはあなたでした。

ラジオドラマにしたいと言った時、あなたが嬉しそうに頷いてくださったこと。

制作をしている過程で突然、浦和盛三郎の孫娘さんから届けられた100万円の現金。
「これで、ドラマを作り上げてください」と達筆のお手紙。
勿論。お返しして、南海放送の仕事ですから任せてくださいと申し上げたこと・・・

懐かしいエピソードばかり思い出されます。

犬伏先生。
ありがとうございました。

雨の火曜日に…あなたを思います。

犬伏武彦さん 古建築研究家 今月10日死去(75歳)
 大阪府出身。大阪工業大学工学部建築学科卒業。
 松山工業高校、東予工業高校の教諭をしながら、愛媛県内各地の民家・古建築を調査研究。
 2002年から松山東雲短期大学特任教授を10年間務める。
 四国最大級の茅葺き木造民家「土居家」(西予市野村町)、江戸期の俳人・栗田樗堂が建てた「庚申庵」(松山市)の
 修復に取り組む。
 また、道後温泉本館保存修復計画検討委員会の会長を務める。
 (写真は南海放送ニュースより)

朗読ラジオ劇『我、南海僻偶の痴蛙、なれど~岬に立つ少年・浦和盛三郎伝~』
 2010年制作。日本放送文化大賞参加作品。
 
 

『想い出は蚊帳(かや)の中・・』

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By田中和彦

小さい頃。夏のお盆にお祖母ちゃんちに行った時、
集まった親戚のイトコ達との一番の楽しみは、蚊帳の中で”つばえる”ことでした。

屋内にテントを張ってキャンプしているみたいな気分になって”少年たち”は昂まったものです。
蚊帳の中の熱狂!!

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今。会社は外壁の補修工事をやっていて、窓から松山城を写すのですが、ご覧の通り蚊帳の中状態です(笑)
・・・が。いっこうに昂まりません。

従兄弟達がいなくなったせいなのか!?
或いは・・僕が少年ではなくなったせいなのか。

ポールサイモンの「僕のコダクローム」が聴きたいです。

※Paul Simon「Kodachrome(邦題:僕のコダクローム)」1973年

『キャメルが似合わない・・』

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By田中和彦

伊予鉄道本社。正式には今週の金曜日にオープンする「坊っちゃん列車ミュージアム」(入場無料)と
「スターバックス コーヒー」の内見会に行ってまいりました。

四国最大のスタバ。

これで今後、紀伊國屋書店→スタバ、ジュンク堂書店→スタバの新ルートができます。
ちなみに一番町の場合は、明屋書店→ブランチコーヒー・・です。

本屋とコーヒーショップは人生のワンセットなのです。

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ミュージアムでは(写真のように)明治の頃の伊予鉄道の乗車券など貴重な資料が展示されています。
一等乗車券には、創立者・小林信近社長の名前とハンコまで押されている・・まるで株券です(笑)。

この頃の価値観がよくわかります。

いいですねえ・・。

どうでもいいけど今日してきたキャメルカラーのネクタイが似合わないです。

東京キー局からいらっしゃる女性幹部とご一緒するからと、勇んでみたのがイケマセンでした。

※「坊っちゃん列車ミュージアム」12月9日(金)オープン 伊予鉄道本社ビル1階(松山市湊町)
  開館時間:7:00~21:00 入場料:無料