『65年目のラプソディー』

In Categoryヒコヒコ日誌
By田中和彦

実家を改築するときに、これは捨てられないからもらって欲しいと老母に言われて、
仕方なく車のトランクに放り込んだままだった和服。

「田中のお母さんが(僕の祖母のこと)、お父さんが(僕の父のこと)結婚する時に作って持たせた和服なんよ」と。

金持ちの家だったから物はいいかもね・・と冗談を言って、とりあえず持ち帰っていました。

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老母の実家は昭和初期の家庭がほとんどそうであったように貧しくて、
「一枚の天プラを兄弟で6つに分けて食べていた」と老母が言ったら、
「うちは一人6枚ずつ食べていた」と父親がからかい、よく喧嘩になっていました(笑)

家庭内だから許される話です。が、実際は田中の家は、戦後の農地解放で一気に没落しています。

で、最後は
「うちは貧しかったけどみんな仲が良くて、人柄もいい。ね、和彦。おいちゃんやおばちゃんを見てそう思うでしょ」
と振られるパターンで終わりました。

(そういえば、人を見てしまう僕は母親方の親戚としか付き合っていません)

で、冒頭の「金持ちの家だから・・」になったわけです。

今朝。燃えるゴミの日だから出しちゃおうとして、着てみたらなんかすっきりハマったものだから、
「道後温泉本館」用に使おうと捨てるのをやめました。

両親が結婚した頃だから65年ほど前。田中のばあちゃんの愛情を受け継ぐ形で使うことにしました。

最近「あら、社長さん。こんばんわ」と声をかけてくれる道後温泉本館の入場口のおばさんに褒められるかもしれません。